注63'. 雇用の流動性と日本企業の組織学習

センゲは、組織学習に関する報告書の中で、「日本企業には、組織学習の基盤が整っている」と述べました。しかし、それがなぜ、いつから、整えられたかの説明はありません。日本企業には、意識せずに、組織学習が可能になる土台がありました。それは、「終身雇用」の慣行です。

第2次世界大戦後の日本社会の雇用慣行は、戦時中の終身雇用の原則を基本として、日本社会に根付きました。司法もこの雇用慣行を前提として、労使間で起こる様々な争議の解決を試みました。そのような歴史の中で、裁判所は、日本では終身雇用の慣行が前提となっているので、「企業は、従業員をむやみに解雇してはならない」と言う、法的解釈を確立しました。

日本企業は、その法解釈に沿って、従業員に対する処遇を整えてきたのです。その典型が、多くの企業で採用されている「退職金制度」です。退職金は、従業員の勤続年数が長くなればなるほど、高額になるように設定されています。さらに、その高額な退職金を受け取っても、給与と同様の税率が適用されれば、多額の税金を徴収されることになります。

このため、政府は税制を変更し、退職金に高率の所得税を課さないようにしています。特に、20年以上に渡り、同一の企業に在籍した退職者に対しては、低い税率を適用するようにしました。このことは、多くの従業員に、他社への移籍、つまり「転職」を思い留めらせます。この転職を抑制することが、経験的に得た知識を、他社に移転できるようにすることを防ぐのです。

米国社会には、日本社会のような「終身雇用」の慣行がないため、優秀な社員は、しばしば、他社へ転職する傾向がありります。それは、自分の能力を、より高く売ることができるからです。これは、社会に雇用の流動性を作り出し、雇用と労働力の供給において、自由な競争を生み出し、結果的に、社会における労働力の適切な配分を実現することになります。しかし、それは、組織学習の視点では、問題を発生させるのです。

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